或る闘病記

生きるって楽しい。

始まり

 

 入院患者用のリストバンドを切ってもらった。久々に右腕に軽さが戻った気がした。

 

 長かった。数年間に思えた。今日、ようやくこの病院を去ることかできる。重い荷物をカートに乗せ、お世話になった医師と看護師さんと、それから親身にしていただいた他の患者さんのもとへ挨拶にまわって、病棟を後にした。

 

 癌を宣告されて130日が過ぎようとしていた。その間、何百人という人に支えられた。お見舞いにも、百人近い人に来ていただいた。独りだったら、今頃どうなっていたか分からない。この19年間で、僕は本当に数多くの素晴らしい人々と出会ってきたんだな、と確かめるように頷いた。過去の自分に感謝しなければ。

 

 

 

 手術の結果は4月10日に分かる。今は病理検査の結果待ちで、そのあと泌尿器科のカンファレンスで結果について話し合われる。もし摘出した腫瘍に悪性成分が残っていれば、再度入院となり、抗がん剤を打ち直す。そうならないことを祈るばかりだ。

 

 

 久々に家に帰ると、懐かしい匂いがした。ソファーになだれ込むように寝転がった。家だ。

 

 起き上がろうとすると、力が全く入らず起き上がれなかった。何とか手を使って体を起こして、自分の部屋に駆け上がろうとしたら、10段ちょっとの階段で息が切れた。俺も弱くなったもんだな、と苦笑いした。家で無意識のうちに10年以上続けてきた行為が、もはやできなくなっていた。

 

 

 

 それでも、今日から新しい生活が始まるという事実に変わりはない。母の作るご飯を噛み締めてゆっくりと味わいながら、自分が恵まれていることを実感する。傷が少し疼くたびに、生きていることを実感する。痛いくらいがちょうどいい。

 

 

 慌ただしく過ぎていた時間が、またゆったりと流れ始めた。

 

ただいま。